戦争の無意味さを痛感


TBSテレビ放送50周年 戦後60年特別企画 『ヒロシマ』


私は誕生日があれなこともあり、原爆に人一倍関心を持っています。
さて、TBSで番組がやっていたのですが綾瀬はるかが出ていたのでみてみました。
しかしどうやら戦争の悲惨さや、被爆者の声を伝えるというより、映像技術を見せつけてやる!という印象が強かったです。「そのとき歴史が動いた」のような有り体のものとは格が違い、解像度の高いCGや再現映像は感心しました。金かけてるなー、とか。
きなくさくなってきたのは後半。
原爆の開発者を広島に呼んで被爆者と話す、というシチュエーション。
戦勝国でもあり、自分の開発したものに信念をもっている科学者とは平行線の会話が続く。被爆者の「謝ってください」という言葉はむなしく空に響く…。お門違いなんですけどね。
細かく突っ込むと、科学者が原爆の非人道性について反論にもってきた「真珠湾を忘れるな」は米側の自演工作だし、真珠湾は当時軍港、広島は市街地、という違いもあったりしますが。
なんともはや、「勝てば官軍」をこれほど意識させられることはありませんでした。
この点に関しては、筑紫哲也の戦争の無意味さについては頷くことができます。
誰が悪いわけでもない、むしろ誰もが悪い。
とりあえず、こんなシチュエーションを用意したTBSに一番腹が立つのでした。
さて、見終わった後チャンネルを回していたらNTVで「火垂るの墓」という鬱反戦アニメが。ずるずると引きずられて最後までみてしまいました。
世間的には評判が高いアニメですが、私はこの作品が嫌い、というか兄が嫌いなのです。
おばさんがむかついた→勝手に家出→母親の貯金が尽きた
→謝るのは嫌や→働くのも嫌や→よっしゃ、畑泥棒や!
→すんません!堪忍して下さい!→よっしゃ、火事場泥棒や!
→野垂れ死に  (2ch実況板該当スレから引用)
というコンボをたたき出す兄。構成が甘いせいもあるのですが、妹を思うにしてはあまりにも粗末な行動を取る兄です。昨日の放送ではカットされていたのですが「農家の前で節子殴って、恵んでもらう」という場面もあったのです。子供だから、という声もあるのですが、兄は「14歳」です。
だからこそ、かえってさらに妹の純真さに痛みを感じ涙を誘われるのです。
「火垂るの墓」菜々子で初ドラマ
 兄をよくせずに、叔母を善人化ですか?違うような…


写真でみる「Mighty Mouse」~Windowsではどこまで使えるのか
 私がマウスコントロールで使う「右+左クリック」はドライバ実装されてもできないような。
PCヘビーユーザーを襲う「マウス症候群」
知らない間に心や体を侵す「ネット依存症」
 1日2時間なんて無理でしょw
 私はメール・チャットよりも、情報の海に触れていないと不安。まさに外部記憶。
オタは頭を撃て!
 秋葉系は海外旅行注意w
復興祈る大花火大会
 日本に名だたる長岡の花火!綺麗ですね~

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  • これオレも見たー!。つーか、同じルート(広島→ほたる)で見たw
    まぁ、久々に真剣に見る価値のあるテレビ放送だと思ったよwオレはね。
    特に対談はしびれたねー。
    「原爆に限らず、銃殺でも爆殺でも人が人の手によって死ぬのはおそろしく、むごいことです」
    っていう開発者のひとことが大事だと思った。
    きっと被曝者って、原爆の被害者である事の特殊性をアイデンティティの一部として身につけて自己防衛手段(被曝者保険?)や自分が原爆を語る時の説得性に変換しながら生きてきたんだろうと思うんだよね。そしてそれは当然だし、全く責められるべき事じゃない。
    ただ、被害者として認定されれば一生責められない国日本(特殊環境)のせいで、加害者かどうかも分からない人をむやみに責めていいと勘違いしちゃうのはヨクないと思いました。そもそも「あやまれ」って、気持ちの悪い言葉だよね。死んだ人のためにっていう接頭辞がついても、現実としては「オレが今気持ちよくなりたいからひざまずいてフェラしなさい」っていうのと一緒だよね。言う側の心理としてはね。
    まぁ、あくまでオレの意見なんで荒らしたったらごめんよ。
    あ、あのかわいこちゃん綾瀬はるかって言うんだぁ。ありがとぉ。僕は今日もいろんな意味でオナニーしてますw長文失礼しました。
    さいごに、誕生日おめでとうございました。GREE見なくなると不便だねw

  • JuN

    よく誕生日覚えていてくださいましたね。ありがとうございますw
    実はGREEやmixiに登録している誕生日、一月ずらして気づかれないようにして「寄せ書き」を防ごうとしたんだよね。隠遁生活ですよ、ほんとw
    それなのに、情報を発信しているという矛盾。
    おばあさんの方はともかくおじいさんの方は、頑とした態度をとっていられて好感をもてました。加害者、被害者という立場じゃなくて、もっと大きな枠で戦争を捉えられれば良いことだと思うのですけど、当事者にとっちゃたまったものではない事実なのがむずかしい所。
    「謝れ」は番組が用意したシナリオのような気もしますけど…。平行線である対談を通して、戦争の是非を問う、みたいな誘導は番組は意図してないよね?
    あ、またマスメディア叩きになっちゃいました。
    相変わらず、ストレートにわかりやすい御意見、ありがとう!